Case.6 地域医療振興協会
国頭村立東部へき地診療所
管理者(兼)診療所長 垣花 一慶

地域医療でおじい、おばあを元気にしたい

沖縄県東部のへき地で地域唯一の医師として奮闘する垣花一慶先生のストーリー

※このページに掲載されている情報は取材当時のものです

地域医療振興協会
国頭村立東部へき地診療所
管理者(兼)診療所長

垣花 一慶

2010年に自治医科大学医学部卒業。沖縄県中部病院で初期研修、2012年に後期研修を沖縄県立南部医療センターこども医療センターで受ける。2013年に地域医療振興協会に所属、公立久米島病院で内科医として勤務。2014年より、現在の国頭村東部へき地診療所所長。

「目の前の高いハードルを超えたい」と医師の道へ

「なぜ医師になったのですか?」
そう問われると、私は少し困ってしまいます。
人は、高い目標があれば頑張れるものです。高校生の当時、もっと勉強を頑張るために何か目標を設定しなければと考えました。大学受験で最難関といえば「医学部」が代名詞で、私は自然と医学部を目指すようになりました。
つまり私は「こんな医師になりたい」という意思があって「医師」になったのではなく、あくまで自分を鼓舞する手段として「医師」を選んだのです。そういうわけで、医師になった理由を聞かれると、恥ずかしい思いに駆られるのです。

医学部入学後の衝撃

沖縄本島で育った私でしたが、沖縄を離れ、栃木県にある自治医科大学に進学しました。
医療への高い志を持たずに入学した私は、入学当時、「患者さんに優しい医師、自分自身も医療を楽しめるような医師になりたいなぁ」とぼんやりと思っていた程度。しかし、しばらくすると周りの学生の学力の高さ、なにより意識の高さに圧倒されてしまいます。
「この人たちは『意志』をもって、医学部に入ってきている」
具体的な目標を持つこともできないでいる私は、同級生たちとの大きな「差」を感じたものです。

地域医療の世界へ

地域医療だからこそできること

地域医療だからこそできること 自治医科大学はそもそも地域医療に従事する医師の育成を目的に設立された大学であり、その卒業生は、自分の出身都道府県に戻り、地域医療に従事しなければなりません。
明確な目標のない私のような学生が、果たして地域の患者さんのために医療を届けることができるのだろうか。自分を卑屈に思い、悩める学生生活を送っていました。しかし、恩師である崎原永作先生に「自分のやれることを一生懸命やりなさい」とアドバイスされたことをきっかけに私は変わり始めます。いつしか人と比べることをやめ、自分のできることを探して全力で取り組むようになっていました。
「患者さんに優しい医師、自分自身も医療を楽しめるような医師になりたい」
入学当初抱いていたぼんやりとした想いは、地域医療のなかでこそ実現できることなのかもしれないと思い始めたのです。

初めてのへき地へ

自治医科大学を卒業した私は、沖縄に戻り研修を受けました。まずは沖縄県立中部病院、次に沖縄県立南部医療センター。家庭医や地域医療のプログラムなどを受け、地域医療に必要な知識を身につけていきます。
そして3年間の研修が終わると、私にとって初めての「へき地」である、久米島病院へ赴任することになります。
久米島は沖縄本島から西に100kmほどに位置する、人口約7,500人の島です。へき地での勤務といっても、私が勤務していたのは病院だったので、ひとりで全部やらなければならない、といったことはありません。常に複数の医師や看護師がいましたし、外部から専門医がやって来ることもありました。
意見交換や勉強会を行う機会もあったので「わからないことがあったらどうしよう」という不安はすぐに解消されました。むしろ、周りの方たちに支えられながら、地域医療に携わる医師としてさまざまな経験をさせていただきました。

初めてのへき地へ

地域唯一の医師として国頭村立東部へき地診療所へ

不安を抱えながらも東部へき地診療所での勤務をスタート

久米島で1年間勤務した後、地域医療振興協会に入会し、その縁で沖縄本島の北部にある国頭(くにがみ)村立東部へき地診療所で勤務することになりました。久米島病院とは違い、東部へき地診療所では、私一人で患者さんの診療を行わなければなりません。奥・楚洲・安波・安田。国頭村の4地区で働く医師は私ひとりなのです。
医師としてどこまでやれるのか。国頭村で生活できるのか。自分のキャリアはこれでいいのか。悩みは尽きませんでした。しかし「自分のやれることを一生懸命やりなさい」という恩師の言葉を思い出し、ここで頑張る決意をしました。

地域医療の不便さを痛感

地域医療の不便さを痛感 国頭村に来て、まず初めに驚いたのは食堂やコンビニがないということです。食事をしようと思っても、手軽に食べものが手に入りません。今でこそ、地域のみなさんがご飯を作ってくれたり、お弁当を調達したりしてくれるので食事には困りませんが、赴任当初はどうやって生きていこう…と本気で考えたものです。

当たり前ではありますが、診療所の設備には限界があります。CTもなければ血液検査もできない。そんな限られた環境下で、できる限りの医療を行わなければならないのです。常に不安はありました。しかし、次第に自分のできること・できないことを理解すること。できないことについては、基幹病院に協力してもらうこと。すみわけをしっかりしていくことで、不安は解消されました。
基幹病院の先生方は、地域医療についてきちんと理解してくださっています。「こんな小さなことで患者さんを送ってくるのか」などといわれることはなく、むしろフィードバックをいただけることもあります。患者さんを不安にさせたくない、できる限り地域で完結させたいという思いもありますが、今後もこのように協力的な基幹病院の先生方に頼りながら、患者さんに必要な医療を届けたいと考えています。

ともに地域医療を頑張る仲間の存在

へき地に一人で働いていると孤独や不安を感じますが、全国には私と同じような環境で医療に向き合っている仲間たちがいます。同じような状況で頑張っている仲間の存在は大きいものです。特に大学の同期メンバーとは電話で連絡を取り合ったり、一緒に勉強会に参加したりして互いに支え合っています。
また、今はインターネットをうまく利用して情報収集や勉強をすることができます。地域医療振興協会では、へき地・離島医療に取り組む医師をサポートする体制が整っていますので、文献を検索したり、勉強会の映像を見たり、代診を頼んだりすることも可能です。また、地域医療に取り組んでいる他の先生方の情報も入ってきますので、そのような先生方の姿を見ることで励まされています。

地域のみなさんとの出会い

地域のみなさんとの出会い この地域に来て一番よかったな、と思うのはやはり地域のみなさんとの出会いです。都会と比べると不便なことはたくさんありますが、地域のみなさんに支えられて生活できていると日々感じています。ご飯を作ってくれたり、自分で育てた野菜や果物を持って来てくれたり、みなさん家族のように接してくれます。
また、この地域はとても行事が多いのが特徴で、運動会や陸上大会、学芸会やお祭り、ときには小学校の先生の歓送迎会にもみんなで参加します。今は小学校で子どもたちにミニバスケを教えるのも私の楽しみの一つです。地域の個性豊かなみなさんと過ごす時間はかけがえのないもので、みなさんと出会ったことで私の人生は豊かになりました。

地域医療でおじい、おばあを元気にしたい

地域のみなさんに「健康に生きてみようかな」と思ってもらえたら

のんびりとした時間のなかで日々働いていますが、地域のみなさんと接しているとハッとさせられることも少なくありません。たとえば、農業など今まで当たり前にできていたことができなくなると、体の具合が悪くなくても、なんとなく元気がなくなってしまうのです。
私は医師なので、怪我や病気の治療をとおして患者さんを助けようとしていましたが、このような方を元気にすることも自分の大切な役割だと思うようになりました。今後は地域のみなさんに「健康に生きてみようかな」と前向きに思っていただけるような取り組みができればいいなと考えています。少し大げさかもしれませんが、このように地域のみなさんのことを考えること自体が地域医療なのかもしれません。

地域のみなさんに「健康に生きてみようかな」と思ってもらえたら

患者さんの人生の一部に密に関わることができる

地域医療の一番のやりがいは?と聞かれたら、私は「患者さんの人生の一部に密に関われること」と答えるでしょう。患者さんに必要とされている、だなんて大層なことは思っていません。患者さんの人生にそっと寄り添うような、この地域を見守るような存在でありたいのです。

患者さんがいつか自分の人生を振り返ったとき、そのなかに私の顔があるなら、こんなに幸せなことはありません。

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