総合内科的視点の習得で、内科医としての安定した土台作りを
練馬光が丘病院 副病院長新井 雅裕
修了生インタビュー指導医インタビュー
このページに掲載されている情報は2019年06月18日取材当時のものです
奈良市立都祁診療所
西村 正大大阪大学 医学部卒業。「どんな患者でもまずは診る」医師に憧れ、総合診療プログラム「地域医療のススメ」を専攻。研修の一環で訪れた青森県下北郡東通村の診療所で、へき地医療に魅了される。洛和会 音羽病院、市立奈良病院で医師としての研鑽を積み、現在、奈良市立都祁診療所 管理者に就任。2019年7月より、オレゴン健康科学大学家庭医療学(OHSU)にて「プライマリーケアの診療の質評価」の研究に従事する。
どんな問題でもまず話を聞くという町医者のイメージで私は医師を志しました。しかし大学ではそのようなキャリアやロールモデルが身近には見つからず、どう学べばよいのか、悩んでいました。そこで私は、当時普及し始めてきていたインターネットの検索エンジンで調べてみることに。すると、地域医療振興協会の総合診療プログラム「地域医療のススメ」“奈良”がヒット。私はこのプログラムで学ぶことを決意しました。
初期研修後の医師3年目のときに、私は「地域医療のススメ」専攻医になりました。研修先を選ぶときに、「地域医療のススメ」の研修施設である市立奈良病院 総合診療科へ見学に行きました。そのときに診察を見せてくださったのは、現在、明日香村国民健康保険診療所の管理者・所長をされている武田以知郎先生でした。見学中、武田先生がずっと診ていた糖尿病の患者さんが、診察中に「腰が痛い」と訴えたのです。私は「腰痛だし、整形外科に紹介するのかな」と考えていましたが、武田先生はおもむろに患者さんの背後に回って、触診し、レントゲンも撮ることに。患者さんに寄り添った診察を目の当たりにしました。
「そうか。総合診療は、患者さんに寄り添った自由な診療ができるんだ」
私は、患者さんに寄り添い、患者さんが求める医療を提供できる、武田先生のような総合診療医になりたいと考え、市立奈良病院で研修を受けることにしました。
当時、「地域医療のススメ」の研修期間は3年間。市立奈良病院で2年間半を過ごしたあと、残りの半年間で青森県の北東部に位置する東通村に行くことになりました。
市立奈良病院で病院医療のやり甲斐を感じていた私は、へき地の診療所で行う医療に乗り気だったかというと、正直嘘になります。しかし、この東通村での経験から、へき地医療に魅了されることになるのです。
東通村には家族を連れて行ったのですが、わずか卒後5年目で、たった半年の研修で村に来た私などに対して、スタッフ、行政の方々は、ホテルの一間を貸し切った大歓迎会をしてくださったのです。研修期間を通じて村の皆さんには本当によくしていただき、田舎ならではのあたたかさに、私は心を奪われました。
私を指導してくださったのは、東通村診療所所長の川原田恒先生でした。川原田先生は、診療だけでなく管理・経営までをすべて担いながら、地域の患者さんの病歴や、患者さんを取り巻く環境も把握されていました。そして、当時人口8000人ほどの東通村の方々の健康を何より一番に考え、さらに村の10年後、20年後までを見据えている先生で、私が心から尊敬する恩師です。
広い視野を持ちながら、日々診療にあたる川原田先生の姿をみて、「ローカルだからこそできる医療だ」と思いました。
なぜなら、医療機関が多い都市部であれば、どうしても患者さんは多数の医療機関に足を運ぶ傾向があるので、一人の医師で患者さんの全てを診ることは比較的難しいといえます。医療機関が限られていて、普段から顔の見える関係にあるからこそ、患者さんの病歴や環境から全体像を考え、横断的に診る医療が提供できるのです。患者さんの全体像を把握したいと思っていた私には、最適な環境だと感じ、日々診療所で研鑽を重ねました。
そして、東通村診療所に着任してから半年間が経過しました。まさかここまで東通村の方々によくしていただけるとは思ってもいなかったので、後ろ髪を引かれる思いで東通村を去りました。こうして私は「地域医療のススメ」プログラムを修了しました。
プログラム終了後は、京都にある洛和会音羽病院の総合診療科で3年間、病院総合医としての勉強を一からし直しました。その間は地域医療振興協会から自然と離れていましたが、専攻医時代からずっと気にかけてくださっていた山田隆司先生や中島俊一先生(市立奈良病院前管理者)に声をかけていただいたことがきっかけで、再び地域医療振興協会の一員となり、市立奈良病院総合診療科に戻ってくることになりました。
それから4年ほどが経過したときに、奈良市立都祁診療所のポストがあいたのです。管理者である西尾博至先生からご指名をいただいたとき、私は東通村での日々を思い出し、「はいよろこんで!」とすぐに赴任することを決めました。
奈良市立都祁診療所は、奈良市の中心地から大きくはずれた地域にあります。しかし、付近には高速道路が通っており、少し車を出せば奈良の中心地や、天理市や宇陀市に行くことができます。「へき地」でもなく、かと言って「街」でもないという地域であるため、私はこの環境を「へまち」と呼んでいます。
ある日、診療所に長年難しい疾患を抱えた、70代の女性がいらしたのです。この患者さんはすでに、街の大病院や大学病院をいくつも回っていました。そこでは「様子をみてください」としか言われないので、この患者さんは、「治すにはどうしたらいいのか」と悩み、藁にもすがる気持ちで、当診療所に足を運んでくださったのです。
私の診断も他の医師たちと同じで、難治性の疾患と付き合っていくしかないと考えたのですが、今まで遠くの病院に行かれていた地域の患者さんが、ようやくご自身の地元の診療所に来てくださったのです。「自分がなんとかしないといけない」と私は使命感に燃えました。
では、私に何ができるのだろうか。この患者さんは何を求めているのだろうか。
私はまず、患者さんのお話をしっかり聞くことにしました。家族構成、生活の背景、病気に対する考えなどです。そしてこのとき、他の複数の医療機関に通われていて、それぞれの医療機関が重複した多数の処方をしている状況でした。私は各医療機関に手紙を送り、患者さんに相談しながら、処方箋をひとつひとつ整理しました。
そうしてまっすぐ患者さんと向き合っていると、患者さんは徐々に病気を受け入れるようになり、当診療所に信頼を寄せ、通院してくださるようになりました。
こうした患者さんとの出会いや東通村の経験から、地域に根付いた医療を提供するには、患者さん一人ひとりとまっすぐ向き合い、信頼関係を築いたうえで、医療を提供することが、重要だと感じています。
私が感じる地域医療振興協会の魅力は、4つあります。
1つ目は、地域医療振興協会のビジョンが「困っている地域の医療を支える」と明確なこと。強く賛同できるビジョンなので、仕事への強いモチベーションにつながっています。
2つ目は、バランスがとれた公設民営体制であることです。公的な役割を目標に据えつつ、民営としての合理性と機能性を兼ね備えた風土が気に入っています。
3つ目は、教育・研究事業に携われることです。へき地医療に従事する医師は、臨床中心になりがちですが、臨床以外の領域の役割ができるということは、臨床をさらに高める上でも必要なことだと感じています。
4つ目は、本部がしっかりしていること。地域医療振興協会で地域医療を担う指導医や専攻医は、全国各地に分散しています。ですが、本部事務局が積極的に動くので、たびたび開催される勉強会や交流会で顔を合わせることができ、全員でひとつのビジョンに向かっていっている、私たちは一人ではないと感じることができます。
「地域医療のススメ」の魅力の1つとして、プログラムの規模が比較的大きいことが挙げられます。交流会や勉強会が開催されるたびに、30名ほどの専攻医と20 名ほどの指導医が集まります。このくらいのサイズだからこそ、合同勉強会や、WEBを通した勉強会などの、さまざまな教育コンテンツを整えることができています。そして、日本の家庭医療研修の黎明期から続く実績のあるプログラムであることも、魅力のひとつです。
また、地域の研修施設は、本当に困っている地域が多いです。私がそうであったように、誰かの役に立っているという実感ほど、仕事や研修に対する満足度を上げる要素はありません。
それから、「地域医療のススメ」は今後の方向性として、アカデミックキャリアにも力を入れていく予定です。2019年、U.S. News and World Report誌によるBEST GRAD SCHOOLS RANKINGSの家庭医療プログラム部門で、全米ナンバー1を享受したオレゴン健康科学大学家庭医療学(OHSU)に専攻医として最大2か月間、指導医として年単位での留学制度があります。私は今度、「プライマリーケアの診療の質評価」というテーマで留学することになりました。たとえば、OHSUのクリニックでは、患者さんから見える場所に、慢性疾患の管理状況、通院を中断された患者さんへの声かけ率や、診療の満足度などが常に掲示されているのです。この留学を通じて、JADECOMの診療所でも同じような活動を行う仕組みを整え、最終的にプライマリーケア診療の質の向上に貢献できればと思っています。
困っている地域で医療を提供する“地域医療”は、医師として誇るべきキャリアです。その特性から、各論としては広く浅いと言わざるを得ませんし、また、場所やニーズによって学ぶことすら変えていかなければいけません。そういう意味で、成長が実感しにくく、特定の領域の専門知識や技能を積み上げる同学年の医師たちと自分を見比べると、悩んだり不安になったりすることもあるかもしれません。ですが、目の前の患者さんのニーズに誠実に向かい合っていれば、自信は患者さんが与えてくれます。「地域医療が好きなら、その選択は間違いない。私が保証するので、飛び込んでほしい。」と胸を張って言いたいと思います。
地域医療に向いている人を挙げるとすれば、“自分を役立てることに特に価値を感じる人”、“現場好きな人”、“旅好きな人”などでしょうか。仕事でもプライベートでも高い満足感を得ることができる、魅力的なフィールドです。ぜひ「地域医療のススメ」で、私たちと一緒に日本の地域医療を支えていきましょう。