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ホーム インタビュー&レポート レポート 第12回 へき地・地域医療学会公開シンポジウム『国際的視点からのへき地医療-地域医療の将来-』レポート
REPORT

場所:東京:千代田区 
開催日:2018/06/30〜07/01

このページに掲載されている情報は2018/06/30〜07/01取材当時のものです

第12回 へき地・地域医療学会公開シンポジウム
『国際的視点からのへき地医療-地域医療の将来-』レポート

 

2018年6月30日〜7月1日にかけて、海運ビル/砂防会館(東京都千代田区)において、第12回 へき地・地域医療学会が開催されました。
本学会では、米オレゴン健康科学大学(OHSU)内に地域医療振興協会(JADECOM)の寄付講座が開設されたことを記念して、「国際的視点からのへき地医療-地域医療の将来-」というテーマで公開シンポジウムが開催されました。
基調講演にはオレゴン健康科学大学家庭医療学名誉教授のRobert B Taylor先生をお招きし、シンポジストとして地域医療にかかわる4名の先生方がご講演されました。

へき地医療での診療・教育・研究-欲張りのすすめ&7つの成功の秘訣

へき地医療での診療・教育・研究-欲張りのすすめ&7つの成功の秘訣

はじめに、オレゴン健康科学大学家庭医療学名誉教授のRobert B Taylor先生の基調講演が行われました。Taylor先生は、ニューヨーク州のニューパルツで14年間へき地医療に従事され、うち10年間は1人で診療所勤務をされていたご経験があります。

その後は、ノースカロライナ州のウェイクフォレスト大学医学部での勤務を経て、1984年にオレゴン州のオレゴン健康科学大学の家庭医療学講座の教授に就任されました。

Taylor先生は、ご自身のへき地医療の経験をもとに、へき地医療における診療・教育・研究について、またへき地医療で喜びをみつけるための方法についてお話しされました。

へき地医療での診療・教育・研究-欲張りのすすめ&7つの成功の秘訣

Taylor先生

へき地医療には「診療・教育・研究」の3つの要素があります。
1つ目の要素は、へき地での「診療」には、さまざまな症例に対する診療経験を積むことができるという特徴があります。そして、この多様な診療経験を教育や研究に生かすことができる点も大きな魅力です。

2つ目の要素は「教育」です。へき地医療の現場で学生を教育するにあたっては、学生が学びたいと思っていることを汲み取り、学生の立場に立って教育を行うことが大切です。

3つ目の要素は「研究」です。研究を行ううえで最も重要なものは、よいリサーチ・クエスチョンであり、へき地医療に最適なリサートクエスチョンとは、日常診療で直面する数々の疑問です。

たとえば、最適な禁煙方法はどのようなものか、膀胱炎に最も効果的な抗菌薬は何か、などが挙げられます。私自身は、へき地医療に携わりながら、小児急性中耳炎におけるリンコマイシンとペニシリンを比較する研究を行いました。

へき地医療での診療・教育・研究-欲張りのすすめ&7つの成功の秘訣

へき地医療で喜びをみつけ、成功や達成感を得るためには以下の7つの秘訣があります。

1. 患者の物語を知る
2. 地域に溶け込む
3. 医学知識を最新に保つ
4. 患者が頼れる存在になる
5. 医学以外に関心をもつ
6. 常に体を動かす
7. 自分の家族を大切にする

へき地医療で大切なことは、患者さんを友人と捉えながら診療に携わることであり、患者さんが医師をいつでも頼れる存在であると感じる関係を築くことです。
とはいえ、ほどよい距離感を保ち、医師が自分の時間を確保することも同じくらい重要です。自分の趣味や家族を大切にすることも忘れてはいけません。
へき地医療に携わる医師はこれらの秘訣を参考にして、是非へき地医療を楽しんでいただきたいと思います。

宮崎県における地域医療のケーススタディ

宮崎県における地域医療のケーススタディ

続いて、宮崎大学医学部地域医療・総合診療医学講座教授である吉村学先生から、地域医療発展に向けた取り組みについてお話がありました。

 

吉村先生

宮崎県は、宮崎市を中心とした都市に医師が集中し、田舎には医師が不足している現状があります。このような現状があるにもかかわらず、宮崎大学医学部には地域実習が6年間のうち3日間しかなく、卒業生のうち家庭医療を専攻したいと考えている医師は約1%しかいませんでした。

このような状況を打破するためにいくつかの取り組みを行いました。まず、カリキュラム委員会に入って、3日間しかなかった地域実習を6週間にまで拡大しました。また、宮崎県内の高等学校へと足を運び、地域医療についてレクチャーを行いました。

さらに、宮崎大学医学部に家庭医療・地域医療を学ぶための「FMIG(Family Medicine Interest Group)」という学生サークルを立ち上げました。
FMIGでは、オレゴン健康科学大学やハワイ大学と交流などを通して、地域医療のノウハウを学ぶための機会を設けて、2018年現在、75名の学生が参加するサークルに発展しています。

地域医療を発展させていくためには、学生たちに地域医療についてもっと知ってもらい、地域医療に携わる者同士が交流して意見交換を行うことが重要であると考えます。

「地域総合医」というあり方について

「地域総合医」というあり方について

続いて、一般財団法人東光会七条診療所所長・佐賀大学名誉教授である小泉俊三先生のご講演です。小泉先生は、現代の日本において地域総合医がどのようにあるべきかについてお話しをされました。

 

小泉先生

超高齢社会を迎える日本では、人口構造に大きな変化が生じていて、現代はその過渡期にあり、死亡年齢の推移にも変化がみられています。医療の発達によって助かる命が増えたことで、若年者の死亡は減少し、多くの方は75歳以上で亡くなる時代となっています。

このような変化のなかで、医療のあり方も大きく変化しています。従来の医療は単一の急性疾患に対する治療が中心でしたが、これからの医療は慢性疾患を抱える高齢者に起こるさまざまな急性疾患に対応する必要があります。

このような医療を提供していくためにも、総合診療医の存在は必要不可欠です。総合診療医は、地域の診療所における「家庭医」と、大病院における「病院総合医」の2つに大別されますが、両者の中間的な立場にある地域の中小病院における総合診療医の定義は曖昧です。全病院の約7割を中小病院が占める日本では、地域の中小病院で働く総合診療医が重要であり、その定義をきちんとしていく必要があります。

そこで、中小病院で働く総合診療医を「地域総合医」とし、総合診療医を「家庭医・地域総合医・病院総合医」の3つに分類すべきであると考えます。また、家庭医と地域総合医を明確に区別するよりも、お互いに連携を取り合い、地域のニーズに合わせた総合診療を提供していく必要があるでしょう。

少子高齢化と国際化時代の地域医療人材育成

少子高齢化と国際化時代の地域医療人材育成

続いて、自治医科大学学長の永井良三先生のご講演です。永井先生は、現代日本を取り巻くさまざまな課題をふまえたうえで、地域医療に従事する医師をどのように育成していくべきかについて述べられました。

 

永井先生

日本では、総人口が年々減少傾向にあるなかで、高齢者の数は急速に増加し続けています。そして、人口は都市に一極集中しています。実際に、東京圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)では人口が増加していますが、それ以外の地域は人口が減少し、特に15〜29歳の若者は約30%も減少しています。
人口が減少している地域では、地域医療の存在がなければ、人口減少はさらに進行するでしょう。地域そのものの崩壊を防ぐためにも、地域医療は非常に重要な役割を担っているのです。

また、地域によって医療費の格差も生じています。たとえば、国民健康保険の医療費を都道府県別にみると、一人あたり年間約12万円〜54万円と約4倍の差があります。このような格差が生じるのは、医療提供体制の違いによるものであり、格差を是正するためにも、地域の医療機関や行政が連携して、医療提供体制の見直しについて協議していく必要があります。
ただし、医療費が高いからといって、単にそれを削減すればよいということではありません。都道府県別の医療費と65歳以上の有業率の関係性を調査すると、65歳以上の有業率が低い都道府県は医療費が高いことがわかっています。つまり、65歳以上の有業率が低い(=産業が少ない)都道府県は、医療産業によって成り立っていると考えられるため、医療を縮小することで地域が崩壊してしまう懸念すらあります。このように、地域の活性化と医療は強く相関しているのです。

これらのさまざまな課題から、地域医療に従事する医師には、グローバルな視点で公共的諸問題を論考しながら、ローカルに(地域に根ざして)行動する「グローカル」な力が求められます。そして、さまざまな意見を持った人々をまとめる調整能力も重要で、そのためのリベラルアーツ教育も必要不可欠です。

地域医療を担う医師は、「地域の守り手」として国家的な使命を担っているといっても過言ではありません。地域の維持・活性化のためにも、地域医療を担う医師の育成は重要な課題です。

医療の質向上のための総合診療医の必要性

医療の質向上のための総合診療医の必要性

最後に、独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)理事長である尾身茂先生よりお話がありました。

 

尾身先生

私は日本の医療を良質なものにするために大切なことが2点あると考えます。1つ目、はAI(人工知能)などのITを活用することです。2つ目は、専門医と連携できる総合診療医を増やすことです。今回は、2つ目の総合診療医の重要性についてお話しします。

まずは、岩手県の中小病院におきた事例をご紹介します。この病院には15名の医師が在籍していましたが、医師が次々と退職し、10年後には5名になってしまいました。このとき残った5名の医師は、若手の頃に幅広い臨床経験を積んだ医師でした。
というのも、この病院は夜間当直を1名体制で行っていたため、自らの専門外の疾患にも対応する必要がありました。たとえば整形外科が専門で、小児の熱発に対応するのも困難な場合、受け入れを断らなければなりません。
このようなストレスやプレッシャーに耐えることができず、医師数が多い大病院へと移ってしまったのです。

次に、京都府の中小病院の事例もご紹介します。この病院には小児科医が1名しかしませんが、年間約3700名の小児救急患者が来院します。東京都のA病院には、年間約12,000名の小児救急患者に対して18名の小児科医がおり、その差は歴然です。
このような差があるにもかかわらず、この京都府の中小病院では、ほとんどの救急患者さんを断ることなく受け入れています。これを可能にしているのが、総合診療医の存在です。つまり、小児科医が1人ですべての患者さんを診療しているのではなく、実際には総合診療医と協力しながら患者さんの受け入れを行っているのです。

これらの事例からわかることは、中小病院では全身を幅広く診療できる総合診療医が非常に重要だということです。
私が理事長を務める独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)では、2017年度からこのような医師を育成するために「JCHO版病院総合医(ホスピタリスト)育成プログラム」を開始しています。
そして、総合的な診療ができる医師こそ病院長となることがふさわしいと考えており、プログラム終了後のキャリアパスの一つとして、病院長としての処遇も考えています。

今後、総合診療医の数が徐々に増え、専門医と連携を強めることで、日本の医療の質の向上、さらには医療資源の無駄を削減することができると考えています。

パネルディスカッション

先生方の講演終了後には、4名のシンポジストの先生に対する参加者の方々からの質問をもとに、ディスカッションを行う時間が設けられました。参加者の方々からは多くの質問が上がり、シンポジストの先生方との活発な意見交換が行われました。

医療の質向上のための総合診療医の必要性